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「心の中継点」/スポッ人ライト

- 早川通訳(中央)は、日本語とポルトガル語でホベルト(左)らに説明する
J2福岡通訳/早川エジソン正吉
福岡の天国も地獄も見続けた男が、J1復帰へ語学力でチームを1つにする。早川エジソン正吉(39)はポルトガル語、日本語、英語、スペイン語をこなす通訳。語学力と気配りで選手、スタッフの「心の中継点」となっている。
リトバルスキー監督が「彼は通訳だけじゃない。選手の性格や、チームのことを教わってばかり」と信頼する男。早川は、サッカー選手を目指して90年、来日した。ところが、空港に出迎えの人も来ず、受験するはずのクラブも存在しなかった。
早川 だまされた、と分かった時にブラジルに帰っていたら、その後のいろんな体験はできなかったでしょうね。今は、日本に残って良かったと思っています。
91年3月、東亜FC(熊本市、後のブレイズ熊本)に入った。3年間、DFとしてプレーし、九州リーグ昇格も経験したが、26歳で選手生活を断念した。
早川 当時、Jリーグでブラジル人選手も活躍していたけど、僕よりも若い人ばかりだった。プロになれないなら、手に職をつけなければ、と思ったんです。
工場で半日勤務した後に練習する生活の中で、外国人向けの日本語検定1級を取得していた。熊本市内で再就職先を見つけたが、間もなく倒産。アルバイトでポルトガル語新聞の記事を書くために訪ねた福岡で、通訳にスカウトされた。
早川 日本に来たときは小学校低学年くらいの日本語しかできなかった。中学、高校時代にFMラジオで覚えた英語の方が得意だった。スペイン語は同じラテン系の言葉だから話せたけど、どれも専門で勉強したことはないんです。
99年に福岡で通訳の仕事を始め、翌00年から2年間は外国人選手、スタッフの生活サポート役に回った。一時は4人でしていた仕事を、現在は早川1人でこなす。リトバルスキー監督は日本語ができるが、複雑な表現になると英語。クルーク・ヘッドコーチの指示は、すべて英語だ。これらを、日本語とポルトガル語に訳す。契約書の作成や外国人選手の生活のケアまで、担当は幅広い。
早川 自分も外国人だから、選手の苦労しそうなことが分かる。彼らの良いパフォーマンスのために、苦労しない気配りをしたい。
監督の横浜FC時代には、試合中にベンチ同士で口論をしたこともある。
早川 敵だった人が味方になった。しかも、毎日、サッカーだけでなく、英語も勉強できる。言葉ができなければ、こんなチャンスはなかった。言葉を通じてプレーヤーとして、人間として、素晴らしい人に、たくさん出会えたのが財産です。
今年にかける思いは、チーム全員同じだ。
早川 早くJ1に戻るために、日本人も外国人も、同じ考えを持っていないと。僕の持っている力を、すべて使って、みんなの心をスムーズにつなぐ中継点になりたい。
福岡のJ1復帰へ、早川の舌はフル回転を続ける。
[2007年2月4日8時45分 紙面から]
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