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「ラモスには負けない」/スポッ人ライト

- 今季からV・ファーレン長崎の指揮を執る大渕監督
V・ファーレン長崎監督・大渕龍介(50)
とにかく、よくしゃべる。思ったことは口に出し、納得できないことは誤解を生まないように直接相手と話し合う。それはこれまでの生き方の反省から生まれたものだった。
大渕 若いころは言いたいことがあっても心の中にずーっとためていて、最後に爆発するタイプだったんです。どこかでいい人と思われたかったんだろうね。40歳になってそれをやめた。黙ってると、それにつけこんでどんどんむちゃを言ってくる人がいる。言いたいこと言って「こいつはこんな人」と思われる方がいい。
読売、全日空、福岡と現役選手、コーチとしてプロの世界を渡り歩いた。だが在籍したクラブでは、そんな性格が災いしていい辞め方ができなかった。J1クラブの監督の資格があるS級ライセンスを取得しても、Jクラブからのオファーは来なかった。人脈に広がりがなく、目上の人に相談することも出来なかったためツテもなかった。とりあえず各クラブに経歴書を送ったが回答は来ない。1クラブだけが「不採用」の通知を送ってきただけだった。上智大コーチ、平成国際大監督として指導はしたが、どうしてもプロの世界に戻りたかった。V・ファーレン長崎から話が来ると、すぐに引き受けた。JFL昇格を義務づけられたチームでもプレッシャーはなかった。
大渕 大学ではサッカーが好きでも人生を賭ける子はいなかった。プロはハートが違うんです。(JFL昇格も)長崎出身じゃない僕にとってはプレッシャーじゃない。僕は昇格の経験もあるし運を持っている自信があるんです。僕の仕事は昇格させることしかないと思っています。
監督就任も大渕監督は「クラブに拾ってもらった」と表現する。
大渕 大学での生活しかなかった僕を、小嶺(忠敏)先生やクラブ関係者が拾ってくれた。今まで自分と選手をよくしようという欲望のためにしかサッカーをしてこなかったけど、ここで初めて自分以外の人のために頑張ろうと思ったんです。自分を拾ってくれた方々のために努力しなくちゃいけないと思っています。
練習場は隣で小学生が練習する土のグラウンド。マーカーを並べたり、用具の出し入れなどの雑用も喜んでこなす。
大渕 今は練習やってるときが楽しくて仕方ない。サッカーのこと考えてるのが一番幸せなんです。みんな若い選手だけどやっぱりプロだなあと思いますね。僕は昇格とかより、まず日々の目標を立てさせるんです。シュートとかダッシュとか、1日1日の目標を積み重ねていくだけですよ。でも、みんなよくやっていると思う。J1、J2でこんなに一生懸命やれる選手はいないと思うぐらいです。
読売SC時代のチームメートだったラモス瑠偉(50)や都並敏史(45)はJリーグで監督として指揮を執っている。かつての仲間の話になると、子供のような顔になる。
大渕 この前はラモスに電話してケンカしちゃった。でも、絶対ラモスや都並には負けたくない。負けてられないよ。
待望のプロの世界に戻った大渕監督に今年の夏、待望の第1子が誕生する。監督として、パパとして選手育てと子育てに忙しい1年になりそうだ。【前田泰子】
◆大渕龍介(おおふち・りゅうすけ)1956年(昭31)10月1日生まれ。熊本県出身。済々黌ではMFとして活躍。筑波大をへて79年読売SC(サッカークラブ・現東京V)に入団。FWとして活躍し83年JSL1部で優勝。84年全日空横浜SCへ、86年甲府SCへ移籍し、現役を引退。87年~読売SCで読売ジュニア監督、ジュニアユースコーチなどを務め、95年には福岡ブルックス(現福岡)コーチとしてJリーグ昇格を経験。翌年サテライトコーチを務める。その後S級ライセンス取得。99年から2年間上智大サッカー部コーチ、01年から昨年まで平成国際大で監督を務めた。
[2007年3月18日9時9分 紙面から]
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