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稲尾さん近親者で通夜、ひつぎに白球

稲尾氏に最後の別れを告げる参列者(撮影・藤尾明華)
稲尾氏に最後の別れを告げる参列者(撮影・藤尾明華)

 13日に急死した元西鉄エース稲尾和久氏(享年70)の通夜が14日、親族、近親者だけで営まれた。福岡市内の斎場に運ばれたひつぎの中には、野球ボールが入れられた。記念品の大半は、大分県別府市の稲尾記念館に寄贈しているため、市販のボールだが「入院中もボールを手離さなかったので、天国に行っても野球ができるように」という遺族の気持ちが込められた。祭壇に飾られた遺影は04年6月に、講演会などのプロフィル写真として撮影されたもの。トレードマークの柔和な笑顔が、弔問客の涙を誘った。

 近親者に限っても弔問客は多く、祭壇の周りには球界、財界、芸能界からの供花が並んだ。稲尾氏と同じ大分県出身で、西鉄でバッテリーを組んだ和田博実氏(70)は、ひつぎに向かって「よみの世界でも、あんたのキャッチャーをしたいよ。もういっぺん、バッテリーを組もう」と話しかけたという。「今日と明日(15日の密葬)が、本当の見送りになるでしょうから、仏さんになるまで、きっちり見送ってあげたい。サイちゃんの恋女房と呼ばれたのは幸せだった。最高のピッチャーの球を受けられて、キャッチャーみょうりに尽きます」と涙をこらえた。通りがかった一般の人も、会場の外で足を止めて手を合わせるなど、野球の枠を超えて愛された大投手の冥福を、多くの人が祈った。

 柴田勲氏(63=元巨人、名球会で深い親交)「若い時から面倒を見ていただいたので、飛んで来ました。名球会では一番かわいがられ、ゴルフなどで遊んでいただき、相談事にも乗っていただいた。入院前に電話した時に、この際うみを全部出して調べた方が良いですよ、と言ったら、分かった、分かったと笑っておられたのに。元気な笑顔が見られなくなって寂しいです」

 ソフトバンク鳥越裕介2軍内野守備走塁コーチ(同郷の大分県出身)「同郷で、プロに入団したころから心構えなどを教わりました。今年のキャンプでは、すみの方にいた僕を、わざわざ探して話しかけてくださった。本当にいろいろなことを教わり、かわいがっていただいたので、感謝しかありません」

[2007年11月15日8時54分 紙面から]

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