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不安よりむしろ恐怖心/悼む

- 7月3日、さんふらわあごーるど号の進水式に出席した稲尾和久氏と律子夫人
「おい、半分取ってくれ」。ざるにのった大盛りそばを、大きな手で、こちらにズズッと押しやって稲尾さんは箸(はし)を置いた。「食べられると思ったけど、やっぱり無理やな」。そう言うと稲尾さんは首をすぼめて左肩をぐるぐると回して、ちょっとばかり顔をしかめた。ほんの1カ月前のことだった。ロッテ対ソフトバンクのクライマックスシリーズ第1ステージ。初戦(10月8日)を翌日に控えた同7日、2人で宿泊先の千葉・幕張でそば屋の暖簾(のれん)をくぐったときのことだ。
夏が過ぎたあたりから、少しばかりほっそりしたと思っていたら、首から左肩、左腕にかけてしびれと痛みがあると打ち明けられた。左手で握手を求めるようにこちらの手を握ると、思いっきり力を込めて言った。「これくらいしか力が入らんのや」。握るという表現より、こちらの手を持っているという方が正しいかもしれない。「これじゃ(ゴルフ)クラブも握れんわい」と、苦笑いしていた姿には不安というよりもむしろ、ある種の恐怖心さえ覚えたほどだった。過密スケジュールを縫って「きちんと病院に行ってくださいよ」と、お願いすると「今度はじっくり調べてもらう。70歳になってオレもじいさんになったわい」と、笑っていた顔が昨日のことのようだ。それだけに「鉄腕」の訃報(訃報)は、あまりにも突然すぎて信じられない。
オヤジほどの年齢差があって、稲尾さんの現役姿は見たことがない。今春、稲尾さんのプロ人生50周年を記念した本紙の連載取材のために、何度となく当時の話を聞かせてもらった。時には自ら資料を持参され「参考にしろ」と、手渡されもした。50回に及んだ連載のため何度もインタビューのためご足労を願ったが、嫌ごとひとつ言わず、語り部のように話してもらった。
19歳でいきなりスターダムにのし上がり、巨人を破って3年連続日本一に西鉄を導いた立役者。「神様、仏様、稲尾様」。ファンからそう呼ばれた球界の大エースは古希を迎えても「別府の青年」だった。プロ3年目、20歳のときに父久作氏(享年63)を亡くした。かれこれ半世紀も前のことだが、野球人として社会人として、1人の人間として「人のいい」稲尾さんをつくり上げたのは、威厳に満ちた父の影響が大きい。連載取材では、毎回のように「オヤジ」のフレーズが出てきた。小学校のときから艪(ろ)を漕ぎ、2人で別府湾に出た父久作氏との思い出を、鮮明に覚えているのには驚かされた。「オヤジは変わりもんでなあ。でも、最近はオレも似てきたかもなあ」。そんな言葉をポツリと漏らし「おい、話はどこまで進んだかの。次はどの話や」と、照れ笑いする姿は忘れられない。
いつの日だったか。お酒をご一緒したときに律子夫人の話になった。「この前、女房に『キスしようか』と言ったら断られた」と、まゆ毛をハの字にして、照れていた。7月。下関で行われた新型客船の進水式にご夫婦で出席された際、2人のスナップ写真を撮った。「おい、あの写真、早く焼いてくれや」。まだお渡ししていないのが悔やまれてならない。【編集委員・佐竹英治】
[2007年11月14日8時58分 紙面から]
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