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博多弁で素直に表現/梅野貴裕さん
[2006年12月18日]

- 博多弁詩人、梅野貴裕さん
「ずっといっしょにおって/泣いたり/笑ったり/ケンカしたり/言葉じゃなくて/何年もかけて「お前はお前でいいやんか」って教えてくれたのが/友達やった」
福岡に“博多弁詩人”がいる。梅野貴裕さん、27歳。これまでに4冊の詩集を発刊、地元の新聞や雑誌に連載を持つ。人生のいろいろな壁にぶつかりながら「友情」「恋」「夢」に苦悶(くもん)する感情を、博多弁でストレートに表現。10~20代の若者の支持を受けている。彼が詩作に目覚めたのは15歳のときだった。
梅野 中学2年のとき、いわゆる「不良グループ」に加わり、調子づいて暴れ、いつも親を泣かしていた。このままではダメだとグループを抜けようとしたところ、見せしめとして仲間から暴力を受けたんです。
だが、誰も彼を助けてくれなかった。「友達とはいったい何なのか」と思い悩み、心を閉ざす。
梅野 親に自分の置かれた状況を分かってもらいたくて自分の部屋で手首を切った。でも、死に切れないし、親にはわかってもらえない。1人で生きた方が楽だと考えるようになって、自室に引きこもり酒をあおる日々。すさんだ心に光をもたらしたのは24歳の女性でした。学校の先生に恋をしたんです。熱い気持ちを伝えたい一心で彼女にあてた詩を書き始めたのが最初です。そのころは1日に10時間ほど創作に没頭していましたね(笑い)。
1年に何千もの詩を書いた。高校に進学し新しい友達もできた。17歳、書きためた詩を東京の出版関係40社余りに売り込みに歩く。念願がかない、東京の出版社から処女作を刊行した。詩人としてメジャーデビューを果たすが、まもなく創作活動の壁にぶち当たる。
梅野 18歳で2冊目を出したまでは順調だった。まもなく、自分が伝えたい思いと実際に書いている詩にギャップを感じるようになったんです。数年間は本当に伝えたいことを作品に込めることができなかった。そんな行き詰まった気持ちを博多弁で書いてみたら、それがしっくりきたんです。
“博多弁詩人”の誕生だ。23歳、初めて博多弁でつづった詩集は、地元メディアに取り上げられ注目を浴びる。昨年9月には4冊目の詩集を刊行した。
梅野 詩作ペースは、昔よりも落ちましたね。以前は部屋に閉じこもって自分を追い詰め、詩を生み出していた。そんなに苦しんで書いても仕方がないと、今ではありのままの自分を、自然に頭にわいて出てきたものを書き留めるようになった。下ネタが増え、使う言葉がものすごく簡単になりましたね(笑い)。でも、それはきっと自分と作品が自然体になった表れだと思うんです。ぼくには特別な才能があるわけでもなく、言葉を他人より多く知っているわけでもない。素直になる。それだけを意識して作っています。
創作13年目を迎えた若きベテラン詩人。これまでに残した詩は約1万2000編にのぼる。来年、5冊目の詩集を出版する予定だ。今、笑顔を絶やさない彼の周りは、友達の笑顔であふれている。【構成・栗田真二郎】
◆梅野貴裕(うめの・たかひろ)1979年(昭和54)10月29日、大分・日田市生まれ。福岡へ移住し、九州産高在学中に処女作「孤独の光 愛の影」で全国デビュー。卒業後に2冊目「俺は死ぬまで生きるんだ」を企画出版。その後、博多弁で詩を書くようになる。3冊目「ともだち」は福岡の大手書店でベストセラーに。昨年発売の4冊目「ともだちの詩(うた)」もほぼ完売。来年は5冊目となる詩集の出版を予定している。独身。福岡市在住。
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