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ソフトB大隣、下半身強化で球速増す

10日に入団発表を控えた大隣は荷物を手にホテル入りする(撮影・梅根麻紀)
10日に入団発表を控えた大隣は荷物を手にホテル入りする(撮影・梅根麻紀)

 アマチュア時代の輝かしい実績を引っ提げ、大隣が希望枠入団選手としてホークスの門をたたく。どっしりとした体形から「江夏2世」の異名を誇る、アマ球界NO・1左腕。ドラフト当日、「2ケタ勝利で新人王」を1年目の目標に掲げ、将来的には母校・京都学園(旧京都商)の大先輩にあたり、最優秀投手のタイトルの冠にもなっている「沢村賞」取りを誓った。

 この世に生を受けたとき、だれもがプロ野球選手になるとは想像もしなかっただろう。今でこそ175センチ、87キロと恵まれた体格だが、8カ月の早産だったため、体重は1890グラムの未熟児。出生から間もなくは、透明の保育器の中で育った。

 野球を始めたのは、小学校入学間もなく。3年生からしか入部は認められていなかったが、グラブを持参して入部をお願いにやってきた大隣の熱心さから特別に1年からの入部を認めてもらった。「とにかく野球が好きで。何をするよりも、野球をやっているときの時間が楽しくて仕方がなかった」。練習のない日は家でテレビゲームに興じることもあったが、ソフトは決まって野球ゲームだったという。

 中学、高校と関西圏内で名前も知れわたる存在に成長した大隣は、多くのプロ野球選手を輩出する近大に進学した。「大隣を初めて見たのは高2のとき。高校生離れした球筋を持っていたし、無理のない投げ方をすでに身に付けていた。ウチではとにかく、走らせて下半身を鍛え直そうと思った」。近大・榎本監督は大隣に、とにかく走り込ませた。キレのある直球をさらに磨くため、ブルペン投球では直球のみ。変化球は一切、投げさせなかった。

 ひと冬越すと、大隣の直球はさらにスケールアップしていた。入学当初、最速138キロだった直球が、下地を作り直したことで145キロ近くにまでアップ。最終的には152キロにまで到達した。伸びのある直球に、切れ味鋭いスライダーを武器とし、関西学生野球リーグでタイトルを独占。3、4年春はリーグMVPとベストナインを2年連続受賞し、今秋季リーグでは立命大を相手に、自身初の無安打無得点試合も達成した。「プロでは体が悲鳴を上げるまで現役で投げ続けたい。工藤さん(巨人)のように、40歳まで投げられたらいい」。アマ球界NO・1左腕が、満を持してプロの世界に飛び込む。【石田泰隆】

 ◆大隣憲司(おおとなり・けんじ)1984年(昭59)11月19日、京都市南区生まれ。久世西小1年から「久世少年野球部」で外野手として野球を始める。3年から投手に転向。久世中では「京都ライオンズ」で硬式野球をはじめ、全国大会出場経験を持つ。京都学園では3年春の近畿大会で優勝も、甲子園出場なし。近大では2年春にベンチ入りし、通算22勝11敗。3、4年春はリーグMVPとベストナインを2年連続受賞した。3年時に出場した全日本大学野球選手権大会では最優秀防御率投手賞(0・00)と1試合19奪三振の大会新記録で特別賞を受賞。今秋季リーグでは立命大を相手に、自身初の無安打無得点試合を達成した。最速152キロ。遠投110メートル。175センチ、87キロ。左投げ左打ち。血液型A。

[2006年12月10日9時1分 紙面から]

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