このページの先頭



ここから共通メニュー

共通メニュー


ホーム > 九州 > 稲尾特集 > 畑の速球見てスピード捨てた



畑の速球見てスピード捨てた

キャンプ初日から打撃投手として投げ続けたルーキー稲尾和久
キャンプ初日から打撃投手として投げ続けたルーキー稲尾和久

◇投げ続けた

 どんな世界でも新人くんはつらいものである。稲尾も同じだった。連日の打撃投手務め。グラウンドで1時間も投げ続けた。相手はすべて先輩である。それも豪打のスラッガー揃い。マウンドを降りると、へとへとになった。それでも今度はブルペンで自分のための投球練習がしたい。だが、先輩捕手たちは、さっさと練習を終え、グラウンドを後にするのだった。キョロキョロと細い首を伸ばし、キャッチャーを探してみても返ってくるセリフはいつも同じだった。「明日受けてやる」。打撃投手を続けるしかなかったのである。

 「キャンプでの打撃投手というのは当時では当たり前。何でこんなことさせられるのかとは思わなかった。あの時、もしも打撃投手ばかりさせられてと、腐っていたら今の自分はなかったと思う。打撃投手で投げ続けたことで稲尾としての土台ができたのではないかと思う」。

 強打者たちの強烈なライナーに脅えながらも、内外角にきっちりと投げ分けるコントロールを磨いていった。初キャンプで打撃投手に徹底できた背景には新人という立場もさることながら、強烈なライバルでもあった畑投手の存在も見逃せない。畑投手は南海との二重契約問題のため、連盟からキャンプ参加禁止の処分を受けていた。チーム合流は3月に入ってからである。

◇人生決めた

 入寮したときにブルペンで見た畑投手のピッチングが稲尾の脳裏から離れなかった。並んで立ったブルペン。畑の左腕から繰り出される快速球に驚かされた。まず音が違った。捕手のミットを突き刺すように「バシーン、バシーン」と、重く響き渡る。受けている先輩捕手も真剣な顔つきで構えている。対照的に稲尾のボールに先輩捕手は軽くミットを差し出すだけ。音もパスン、パスンと何とも頼りなかった。

 「中学時代から畑のことは知っていたけど、ここまで速い球を投げるとは思ってもいなかった。自主トレの時に畑の投球を見てまず思ったのは『おれは何年たっても、このスピードには勝てない』だった。だから、プロではスピードよりコントロールで勝負するしかない、とその時に強く思ったわけだ」。

 50年前の早春を思い出して稲尾はキッパリとした口調で言う。

 「俺がプロで活躍できた理由の中で、最も大きな要因は2つ。1つは初めてのキャンプで徹底的に打撃投手を務めたこと。あれで肩がつくられたと思う。そしてもう1つは畑の存在。アイツの投球を始めて見たとき、速球派の夢は捨てた。コントロール勝負だと。今考えてみれば、初めてのキャンプがオレのプロ野球人生を決めたと言っても過言じゃない」―。 【佐竹英治】



このページの先頭へ