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金田を抜いた?プラス40万円

球団納会の宴会ではしゃぐ稲尾和久氏(右端)
球団納会の宴会ではしゃぐ稲尾和久氏(右端)
◇42勝の契約更改

 42勝は単独でのシーズン最多勝利記録とはならなかった。41勝目を挙げたとき、稲尾には連盟から早々と「新記録」記念トロフィーが届けられた。今でもそのトロフィーは自宅に保管されているというが、稲尾は苦笑いで言う。

 「41勝のときに新記録のトロフィーをもらったんだけど、41勝で終わっていたら、あのトロフィーは返さなくちゃいけなかったのかなあ」。

 1勝違いでその人の一生も変わってしまう? そんなジョークでは済まされない1勝の価値である。とはいえ、42勝の日本記録は現在の野球界では考えられない数字であり、不滅の記録と言っていい。先発、中継ぎ、抑えが完全分業し、先発陣の登板間隔も中5日程度でローテーションされている現代野球では20勝すら希有(けう)であり、その倍以上となる42勝の数字は今後、絶対に破られることはないだろう。

 シーズン最多勝の日本記録をつくった稲尾は、プロ野球選手の1つの“価値基準”でもある年俸でも「日本最高」になった。前年の800万円から1540万円でサインした。契約更改交渉は球団側と大きな駆け引きがあった。当時の球界最高俸は国鉄の金田正一投手と言われていた。年俸1800万円だが、うち300万円は10年選手ボーナス。球団側の実質1500万円が年俸という論法に稲尾は屈しプラス40万円の1540万円で判を押している。

 「当時の金田さんは1800万円と言われていた。オレも42勝を挙げ、日本記録を作ったんだから金田さん以上の年俸をもらおうと食い下がった。『1800万円以下ではサインしません!』と西代表に言っていたんだが、向こうの方が一枚上手やったな。300万円はボーナス分だから、1500万円が金田さんの実質年俸と言われて。40万円だけプラスしてもらって結局、1540万円でサインした。うーん、今考えてもオレの作戦失敗やったな」。

◇今ならいくら?

 当時の時代背景、物価などを考えてこの数字が高いのか安いのかは単純に今とは比較できないだろう。確かに今年、海を渡った松坂(レッドソックス)には60億円もの値が付いた。日本球界でも複数年で10億を超えるような選手は数多い。球界に「もし」は禁物だが、稲尾が今現在いたとしたら、どのくらいの年俸になるのだろうか? ナンセンスを承知でソフトバンク竹内孝規COO(46)に聞いてみた。

 竹内COO あれだけの活躍だから、まず想像がつかないというのが本音。球団の経営の実務では限界があるのではと思う。まあ、ご本人に『いくらか決めてください』としか言いようがないですね。本人が希望する額を出すしかないでしょう。

 プロ野球選手の年俸が高騰すればするほど、この手の話は、選手、球団双方に聞いてみたいものである。【佐竹英治】



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