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新記録42勝のはずがタイ記録

61年に42勝を挙げ、最多勝、防御率、奪三振1位に輝いた西鉄稲尾和久の投球フォーム
61年に42勝を挙げ、最多勝、防御率、奪三振1位に輝いた西鉄稲尾和久の投球フォーム
◇連盟回答は40勝

 南海杉浦の38勝をクリアすると、あとはどれだけ稲尾が勝利を伸ばすかに注目が集まった。だが、稲尾本人は日本記録については無頓着だった。当時はまだ個人記録などの数字が不明確なところがあった。特に1リーグ時代の数字はなおさらだった。稲尾が杉浦のリーグ記録を抜く39勝をマークした直後、球団側を通じて日本記録の調査を依頼した。連盟からの答えはスタルヒン(巨人)と野口二郎(大洋)の40勝が日本記録ということだった。

 稲尾は10月7日の近鉄戦で救援登板し、2回を無安打に抑え勝ち投手となった。日本記録の40勝に並んだ。勢いに乗って翌8日の東映戦は先発登板。9安打を許したものの2失点(自責1)の完投勝利で“新記録”となる41勝目を手にした。

 「あのシーズンはとにかく杉浦さんの記録を抜きたい、と思って投げた。前年に左親指のけがもあって20勝に終わっていたし、連続30勝も途切れていたからな。杉浦さんの記録を抜いたときは、じゃあ次は日本記録だ、と周囲が騒いでいた。球団を通して連盟に調べてもらったらスタルヒンと野口さんの40勝が日本記録ということだった。近鉄戦で勝って40勝したとき、じゃあ、あと2勝ということになった。1勝上の新記録よりもうひとつ勝利があったほうがいいだろう。まあ、連盟に記録を調べてもらったといっても不安はあったし、同時に金田さん(巨人)が持っていた奪三振(350個)の日本記録を抜きたいということもあったからね」。

◇オフに洗い直し

 稲尾は10月11日の阪急戦で救援登板。2回無失点投球で42勝目を手にした。勝利の日本記録は“更新”した。だが、金田(巨人)が55年に記録した350奪三振の日本記録へもあと3と迫っていた。15日の大毎戦に先発し350個目の三振をミサイル打線の中核・山内から奪うなど6三振。新記録更新の353奪三振を達成した。この試合、稲尾は6回で降板し負け投手となっているが、これが後日、悔やみきれない降板となってしまった。この年のオフに再度、記録の洗い直しが行われ、日本記録は39年にスタルヒンがマークした「42勝」ということになったのである。稲尾にとっては新記録達成ではなく「タイ記録」となったわけだ。

「12月になってタイ記録ということが分かった。41勝で終わっていたらどうなるんだ。まあ、仕方ないのはあるけどそれにしてもなあ」。

◇41勝ならどう・・・

 稲尾は「真実」を知ったときのことを苦笑いで振り返る。今となってはそれほどの悔しさはないようでもある。「あの年はチームが優勝しなかった悔しさもあるけど、よく投げた。投げれば勝てるという感じだったが、その分、人の勝利も取っているんじゃないかなあ。42勝というのは確かに一番の勲章かもしれないが、投手としてとなると、やっぱりオレは防御率のタイトルの方がうれしい。打たれても勝てるけど、防御率は投手そのものを示す数字だから」。

 この年、稲尾は78試合の最多登板、42勝の日本記録、404イニングのリーグ記録、そして当然のように防御率も手にし、タイトルを総なめにした。3位に甘んじたチームの勝利数は81。稲尾は試合数の半数以上を投げ、チーム勝利の半数以上を稼いだ。バケモノである。【佐竹英治】



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