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「打撃の神様」川上と初対決

56年日本シリーズ巨人対西鉄6回戦 稲尾和久と対決する川上哲治。この日2安打、1四球だが巨人は敗戦し。西鉄は日本一を決める
56年日本シリーズ巨人対西鉄6回戦 稲尾和久と対決する川上哲治。川上はこの日2安打、1四球だが巨人は敗れ西鉄が日本一を決める
◇56年シリーズ

 西鉄ライオンズは新人稲尾の大活躍もあって2年ぶりにパ・リーグを制覇した。日本シリーズは巨人との対決となった。巨人は前年の1955年(昭30)に南海とのシリーズを制して通算4度目の日本一に輝いていた。ディフェンディングチャンピオンと激突となったわけだ。すでに優勝回数からして巨人は「王者」の貫録すら漂わせていた。ましてや、巨人水原VS西鉄三原の監督対決は、巨人監督を追われて九州に下った三原監督と、追い出した形になった水原監督との因縁があっただけに、当時のマスコミは「巌流島の決闘」と、前景気をあおった。

 初戦は敵地・後楽園だった。ルーキー稲尾は第1戦から登場した。先発は投手コーチ兼任だった川崎。この年、公式戦でわずか2勝3敗のベテラン右腕を三原監督はシリーズ開幕投手に指名した。その川崎が1回2失点でKOされると、三原監督は西村、島原、そして稲尾とシーズン後半戦の主力先発ローテーション組を惜しげもなくつぎ込んだ。稲尾は8回1イニングを投げた。

◇憧れ続けた人

 「日本シリーズに出るなんて、球宴にも出ていないので、晴れがましい気持ちでいっぱいだった。それも巨人との日本シリーズ。1年目からこんなことができるなんてと、ものすごく感激した思い出がある」。

 当時、後楽園球場はパ・リーグでは毎日が本拠地としていた。稲尾もシーズン中に投げたことのあるグラウンドだった。だが、シーズン21勝を稼いだスーパールーキーもさすがに日本シリーズ初登板は緊張した。

 「(初戦は)8回から登板したんだが、マウンドに行ったら足が震えた。公式戦の初登板では足なんか震えなかったが、さすがにシリーズ初登板は緊張したな。投球練習しようと思ってプレートに足を置いたら、ブルブルっときた。1球投げたら、落ち着きが出て、足の震えはおさまったけど」。

◇深々頭下げる

 1イニングを投げ2三振を奪って無失点に切り抜けた。ただ、初登板の緊張の中、50年が経過した今でもはっきりと覚えていることがある。「打撃の神様」と呼ばれた巨人川上との初対決である。川上はこのシーズン、日本プロ野球界で初となる2000本安打を達成している超スーパースター。同じ九州出身でもあり、稲尾が少年時代から憧れ続けてきた大打者との対決だ。

 「初の日本シリーズ第1戦で、川上さんと初めて対決した。小さいときからのあこがれの人だったしね」と、稲尾は左打席に入った背番号「16」に向かって帽子を取ると、マウンドから2、3歩下りて深々と頭を下げた。緊張の対決は川上が内野安打を放ち、貫録を見せつけたが、稲尾も負けてはいない? ちゃっかり一塁けん制で打撃の神様を刺して勝負を五分? としたのだった。【佐竹英治】



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