栄光の8年と挫折の6年
◇松坂の倍 7年200勝

- 58年10月21日、日本シリーズ第7戦 巨人対西鉄 最高殊勲賞に輝いた西鉄稲尾和久は賞品の車に乗って場内をまわる
14年間の現役人生を振り返るとき、稲尾は「栄光」と「挫折」の2つのステージに分ける。56年(昭31)の入団1年目からの8年間が「栄光」で、その後の6年間が「挫折」である。
稲尾が説明するまでもなく、栄光と挫折は生涯成績を見れば一目瞭然である。ルーキーイヤーに21勝を挙げ、新人王に輝くと、巨人との日本シリーズも西鉄は撃破した。シリーズ3勝を挙げた稲尾の登場でライオンズはいきなり「黄金期」の幕を開けた。56年、初の日本一から3年連続でチームは日本シリーズを制覇。それも王者巨人を打ち倒しての3連覇。輝かしいばかりの黄金の時代をしっかり支えたのは間違いなく稲尾だった。文字通り獅子奮迅の活躍で駆け抜けた8年間で稲尾は234勝を稼ぎ出した。7年目には200勝を突破している。26歳で名球会入りという荒稼ぎぶりだ。今季から大リーグ、ボストンレッドソックス入りした松坂が、西武時代の8シーズンで108勝。怪物くんの倍のスピードで白星を重ねた男には「神様、仏様、稲尾様」に加え「鉄腕」の称号がファンから与えられた。

- 昨年11月23日、稲尾和久氏は野球人生50周年記念パーティーでソフトバンク王監督(右)のスピーチに聞き入る。左は律子夫人
稲尾はファンの差し出す色紙に今でも快くペンを走らせる。稲尾和久のサインの横には「鉄腕一代」と必ず書き添える。今でも宴席などではよくこんな質問が稲尾の耳に届く。「あんなに投げなかったら、もっと長く野球選手をやれたのでは?」「もっと勝ち星も稼げたのでは?」。そんなとき、稲尾はきまって笑顔で答える。
「あれだけ投げさせてくれたから、今の自分があるんですよ。自分ではまったく酷使されたなんて思っていませんよ。感謝の気持ちはあっても、恨むようなことは一切ない」。
◇斉藤和の倍 1年404イニング
日本記録となるシーズン42勝を挙げた61年(昭36)は1年で404イニングを投げ抜いている。昨年のパ・リーグ最多投球回数はソフトバンク斉藤の201イニング。斉藤の2倍以上、稲尾はマウンドに立ち続けた計算だ。
「まあ、時代が違うということもあるだろうな。でも、今の投手に言いたいことは、例えば先発投手なら中5日くらいの登板間隔をもらえるのだから、もっと結果を出さないと。またダメでしたじゃ、いかんよな」。
人の一生には「明」があれば「暗」もある。「鉄腕」と呼ばれた男とて同じだった。稲尾は27歳のとき、人生の岐路に立たされる。【佐竹英治】
| 稲尾和久記録アラカルト | |
|---|---|
| ◆通算成績 | 14シーズン(56~69年)756試合276勝137敗。3599投球回、防御率1・98、2574奪三振 |
| ◆プロ野球記録 | 最優秀防御率5回、シーズン最多勝利(61年42勝)、最多連続勝利(57年20連勝) |
| ◆パ・リーグ記録 | 最多勝4回、ベストナイン5回、シーズン最多登板(61年78試合)、シーズン最多投球回(61年404回)、シーズン最優秀防御率(56年1・06)通算最多シーズン20勝以上8回など |
| ◆タイトル | 最高勝率2回(57、61年)、最優秀防御率5回(56~58、61、66年)最多勝利4回(57、58、61、63年)最多奪三振3回(58、61、63年) |
| ◆表彰 | 新人王(56年)、最優秀選手2回(57、58年)、ベストナイン5回(57、58、61~63年)、最優秀投手2回(57、58年)連盟特別表彰2回(57、61年) |
| ◆日本シリーズ | 出場4回(56~58、63年)18試合登板、防御率2・45。通算最多の完投9回、11勝。58年MVP |
| ◆監督成績 | 通算8年10シーズン(70~72年西鉄、73年前期~74年後期太平洋、84~86年ロッテ)431勝545敗64分け、勝率4割4分2厘。最高成績は84、85年のロッテ2位。 |
| ◆殿堂 | 93年に競技者表彰で野球殿堂入り |