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佐賀北初V!史上初逆転満弾/夏の甲子園

広陵に逆転し初優勝を飾った佐賀北ナインはマウンドで抱き合って喜ぶ
広陵に逆転し初優勝を飾った佐賀北ナインはマウンドで抱き合って喜ぶ

<全国高校野球選手県:佐賀北5-4広陵>◇22日◇決勝

 これぞまさにミラクル劇! 佐賀北(佐賀)が大逆転劇を演じて、全国の頂点に立った。0-4で迎えた8回裏1死満塁から、押し出しで1点を返すと、続く3番副島浩史(3年)が左翼席へ奇跡の逆転満塁アーチを放って、広陵(広島)を下した。決勝での満塁弾は94年佐賀商・西原正勝以来2人目で、逆転は史上初。さまざまなドラマを演じて96年松山商以来11年ぶりの公立校Vを果たした佐賀北ナインが、県勢13年ぶり2度目の大旗とともに23日、地元にがい旋する。

 15日間をドラマチックに過ごした甲子園は、佐賀北のホームスタジアムになっていた。副島の放った打球を左翼スタンドに運ぶように、地鳴りに似た歓声がわき起こる。白球の行方を目で追っていた副島が一塁手前で右手を突き上げると、5万人のスタンドも揺れ動いた。決勝初の逆転満塁弾男は「(佐賀)北高を応援してくれる、みんなの思いが、ボールに乗った感じでした」と、大声援の力を口にした。

 追い詰められていた。2回途中から救援のエース久保が、7回に今大会初の2失点。0-4と点差が広がり「正直厳しいと思った」(副島)。8回裏1死から久保がチーム2本目の安打を左前に放ち、代打新川勝政(2年)が右前打で続く。連続四球で押し出しの1点が入るまで、スタンドは1球1球に大歓声で反応した。副島に打順が回ると、拍手も歓声も最高潮。開幕戦で公式戦1号を放ち、準々決勝の帝京戦でもソロアーチをかけた副島を、大観衆は知っていた。その期待にビッグアーチで応えた。「フォアボールでもデッドボールでもエラーでも良いから、4番の市丸(大介=3年)につなごうと思った。真ん中に入ってきたスライダーを、コンパクトに振りました」。甲子園2発後、大振りが目立ち、ベンチで怒られ続けていた男は、広陵・野村祐輔(3年)の前に2打席連続で空振り三振に倒れていたスライダーに、あえて狙いを定めた。

 好守が奇跡の勝利と大応援を呼び込んだ。広陵に13安打を許し、4回から6回まで毎回三塁に走者がいたが、無失点で切り抜けた。「守りからリズムをつくって甲子園で勝つチーム」という百崎敏克監督(51)の理想通りの展開だった。副島は体を張って打球を止めた。試合中に左手人差し指を打撲していた二塁の田中亮(2年)も窮地を救った。ノーエラーで開幕戦を好発進して以来、ひたむきな守備が、じわじわとファンを増やした。2回戦(対宇治山田商)で三重の代表校を応援する客が7割近い中、延長15回引き分けに持ち込んだのを境に声援が増えた。準々決勝では佐賀北の好守に、対戦した帝京の応援団からも拍手が送られた。7試合中5試合無失策の堅い守備が、スタンドの空気を、アウエーからホームへと変えた。

 「特待生制度」とは無縁の「普通の高校生」が、全国制覇を成し遂げた。ベンチ入り18人はすべて軟式野球出身。副島以外は全国大会すら経験がなかった。公立校として96年松山商以来の日本一の理由を聞かれた副島は「チームが1つになったこと。プロに行くような選手はいないけど、全員が1つになって戦うのが高校野球だと思います」と答えた。「がばい普通の高校生」は、大歓声という味方に支えられ、“がばい長か夏”の終わりに笑った。【佐藤千晶】

 ◆副島浩史(そえじま・ひろし)1989年(平元)5月31日生まれ。小学4年から「北川副少年野球」で軟式野球を始めた。城南中3年時は全国中学軟式大会3位。佐賀北では2年春に5番、新チームで4番になったが、夏の前哨戦NHK杯から3番。高校通算15本塁打で、公式戦は甲子園の3本のみ。アルプススタンドからは副島専用の「パラダイス銀河」の替え歌で応援を受けた。179センチ、74キロ。右投げ右打ち。

 ◆94年決勝 佐賀商は4―4で迎えた9回表、2死満塁から2番西原正勝主将が左翼席へ勝ち越しの満塁本塁打。福岡真一郎投手(樟南)の内角低め直球を振り抜いた。決勝戦の満塁本塁打は史上初。2年生エース峯謙介は6試合すべて完投勝利をマークした。

[2007年8月23日8時19分 紙面から]

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