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沖縄水産栽監督死去/高校野球

- 98年7月11日、高校野球沖縄県予選 記者席で写真を撮る沖縄水産の栽監督
沖縄水産監督の栽弘義氏(享年65)が8日、呼吸器不全のため南部徳洲会病院(沖縄県八重瀬町)で死去した。
栽氏は豊見城の監督に就任後、1970年代後半には石嶺和彦氏(現中日コーチ)らを育て、甲子園常連の強豪校にした。その後、沖縄水産に赴任。90年夏の甲子園では沖縄代表として初の決勝進出。翌91年も決勝へ進出し、2年連続準優勝を果たした。またソフトバンクの新垣渚ら多くのプロ選手を育てた。02年3月に同校を定年退職。定年後も監督を続けていた。
豊見城時代の教え子の九共大の仲里清監督(52)は知らせを受けて急きょ沖縄へ向かった。「99年、秋の神宮大会の優勝を報告したらすごく喜んでくれたのを覚えています。私にとっては監督である前に先生でした。栽監督に少しでも追いついていきたいと思います」と話した。また、栽氏と共に九州高校野球の強化に努め親交も深かった樟南の枦山智博監督(62)は「野球のあり方や取り組み方を教えてもらった人。九州の財産をなくして残念です」と栽氏の死去を惜しんでいた。
葬儀・告別式は11日午後2時から大典寺(沖縄県那覇市松山1の9の1)で行われる。
ソフトバンク新垣 突然のことで、ビックリしてます。最後に会ったのは去年の(2月の)キャンプ前。その時は元気だった。栽監督は沖縄の野球を盛り上げてくれた第一人者だと思うし、多くのプロ野球選手が沖縄から出たのも栽監督あってのこと。僕が沖縄代表として、栽監督の野球を大事にし、恥じないプレーをしたい。
ソフトバンク稲嶺 突然のことでビックリしてます。今年の1月に沖縄でばったり会った。その時も自分の野球のことを心配して頂いた。もう少し(プロの世界で)いいところを見せられたらよかった。今はゆっくり休んで頂きたい。
ソフトバンク王貞治監督 「強烈な個性で、沖縄の野球レベルを上げることに大変、貢献された方だったと思う。プロに入れば個人だが、小、中、高校生にはやはり指導者が重要だし、そういう個性を持った指導者が大事。惜しいことをしました」
◇主な教え子 石嶺和彦(中日コーチ)赤嶺賢勇(元巨人)下地勝治(元広島=以上豊見城卒)新垣渚、稲嶺誉(ソフトバンク)大野倫(元ダイエー)上原晃(元ヤクルト)比嘉良智(元ロッテ)島袋修(元オリックス)伊礼忠彦(元中日)新里紹也(元近鉄)平良幸一(元西武)徳元敏(楽天)相原勝幸(ロッテ)大城祐二(阪神=以上沖縄水産卒)
[2007年5月9日8時16分 紙面から]
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